日本は黄金の国だった?金の歴史を辿る

2020.11.01
Pocket

日本は黄金の国だった?金の歴史を辿る

金の歴史

日本は昔「黄金の国ジパング」と呼ばれていた記録がありますが、日本はそれほどまで金の多い国だったのでしょうか?
マルコ・ポーロからみた日本は、「金を豊富に持つ国」というイメージだったと言われています。
日本と金の間にはどんな歴史があるのでしょうか?
今回は日本に関する金の歴史についてご紹介します。

・人類と金の歴史

一説には人類が初めて発見した金属は「金」であると言われています。
しかし当時は加工の技術が無かったこともあり、基本的に装飾品として用いられていました。
古代のエジプトでは、ファラオのお墓に金が供えられており、紀元前1300年頃からは金の採掘技術や金の純度測定技術も発展してきました。
紀元前7世紀頃には金の貨幣も確認されており、国際通貨としての役割を担っていたようです。
18世紀の初めには、砂金が初めてアマゾンで採掘されました。
その後1848年にアメリカのカリフォルニアの放水路にて金が発見されたことをきっかけに、オーストラリア、シベリア、南アフリカなどの地域でも本格的に金の探索が行われるようになりました。
このような歴史の流れを振り返ると、金は文明の始まりから人の心を魅了し翻弄し続けてきたということが分かります。

・黄金の国と呼ばれた日本

日本の金採掘

日本で金の採掘が盛んになったのは17世紀以降になります。
ではそれ以前の日本の金は一体どこからきたものなのでしょうか?
1つは朝鮮半島から持ち運ばれた金だったという説で、もう1つが1671年に廃山となった岩手県の茂倉金山と玉山金山から採掘されたものだという説です。
当時の献上資料から推測して、一面金箔でできた「中尊寺金色堂」はこれらの金山から集めた金を使って建てられたのではないかと言われています。
マルコ・ポーロが証言した「金でできた建物」とは、恐らくこの「中尊寺金色堂」のことを指しているのだと思われます。

・日本で金採掘が盛んになったきっかけは佐渡金山

佐渡金山は1601年、山師により発見された金山です。
この佐渡金山が発見されたことで日本での金採掘は急速に盛んになっていきます。
金山が発見されるとすぐに徳川家康からの指示で幕府の直轄領として指定され、本格的に金の採掘が始まりました。
当時は比較的簡単に採掘ができる方法として「露天掘り」が取り入れられていました。
佐渡金山で採掘された最盛期の金の量は年間で400キロでした。
この金の採掘はそれから約270年と、江戸幕府が終わりを迎えるまでの間続けられ、徳川幕府の財政を支える収入源となっていました。

・西洋からの新技術導入

佐渡金山跡地

花形であった佐渡金山も、江戸時代の末頃より少しずつ衰退していきます。
そこで新しく政権を握った明治政府は西洋の新技術である「竪坑」と「西洋式選鉱場」を導入することにしました。
金本位制により貨幣制度導入を目指していた政府は金の増産を望みました。
採掘技術を進めるためドイツから新技術を導入し、「大間港整備」「北沢浮遊選鉱場建設」を取り入れました。

おわりに

人類と金の歴史と日本の金の歴史についてご紹介しました。
「黄金の国ジパング」とマルコ・ポーロが証言したのは、恐らく金箔が一面に貼られた「中尊寺金色堂」のことを指していたからでしょう。
しかし、かつて日本でも盛んに採掘が行われていた金は、現代でも価値の高い貴金属として扱われています。
長い歴史の中でもその価値が比較的安定し続けていることを思うと、改めて金の価値はやはり大きいものだと分かります。
それだけ価値のある金だからこそ今後もその価値は高く評価され続けることでしょう。
資産を金として保有しておけば、何かあった際にも買取店に持ち込むことですぐに現金資産を得ることができます。
資産の保有形態としても、金はとても優れているのです。

大阪 東京のプラチナ買取ならGold Mrs インゴット分割もゴールドミセス
The following two tabs change content below.
アバター

ゴールドミセス

ゴールドミセスでは、日本一の買取を目指しており、他店では出来ない高価買取を実施しております。 是非、金・貴金属・ブランド買取をお考えの方は一度ゴールドミセスの買取一覧をご覧くださいませ。