知られていることの少ないプラチナの歴史について

2020.04.08プラチナ
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知られていることの少ないプラチナの歴史について

プラチナの歴史

多くの人々の人気を集めるプラチナは古くから今のような人気を持つ素材だったのでしょうか?
プラチナの歴史は、金やダイヤモンドのような他の素材よりもさらに知られていません。
なかなか知らないプラチナについての歴史を様々な角度からご説明いたします。

・プラチナは廃棄処分されていた

その昔、価値に気付かれることなく廃棄されていました。
今となっては考えられない話ですが、実際にあった話なのです。
古くは10世紀ごろから宝飾品として、南米では広く使われていました。
南米は、プラチナの産出地域であるため、加工の仕方も古くから知られていたのです。
しかし、それはあくまで南米でのことです。
世界的にはプラチナのことを知っている人はまだまだいませんでした。
16世紀になり、スペイン軍が南米に来た際に、スペインに持ち帰ったというエピソードがありますが、その際プラチナは廃棄されています。
何らかの問題があったというわけではなく、当時のスペインでは初めて見るプラチナの使い方が分からず、融点が高いので上手く加工できずに廃棄してしまっていたのです。

・プラチナが注目されたのは18世紀以降

注目されるプラチナ

長く世界的には使われることのなかったプラチナですが、世界の歴史の表舞台に本格的に姿を現すのは18世紀になって以降です。
1730年代にスペインの探検家がコロンビアで発見して以降、プラチナの扱い方が本格的に研究されることになります。
その後、ルイ16世の時代には、多く使用されるようになっていました。

・日本においてのプラチナの歴史

日本においてのプラチナの歴史は諸説ありますが、一説には江戸時代の末期から始まると言われています。
その頃に来日したロシア人が持っているプラチナに出会ったのが始まりということです。
その後、日本人がこの製品を使うようになるのは、時を経て明治に入ってからのことです。
明治に初めて日本に輸入されたプラチナは懐中時計に使われていました。
その後、国内でプラチナの研究が始まり明治24年には軍需用として扱われることになりました。
大正に入って以降は、宝飾用としても使われるようになり現在のような形でのアクセサリーとして使用されるようになりました。

・世界にプラチナを広めた人物

プラチナの宝飾品

元々、南米でしか扱われていなかったプラチナが広く世に出るようになり、宝飾を代表とする様々な産業で扱われるようになったのは、誰の力によるものなのでしょうか?
実はプラチナが広く世に出るようになったのは、そのきっかけとなる人物の働きがあったのです。
広く世に出るようになったのは、三代目カルティエ「ルイ・カルティエ」の働きによるものです。
アール・ヌーヴォーの最盛期であるこの時代、ルイ・カルティエは未知であったプラチナの宝飾品への加工に熱を入れることになります。
ルイ・カルティエの試行錯誤の結果、世に生み出された宝飾品が、「ガーランド・スタイル」です。
プラチナの宝飾品である「ガーランド・スタイル」は瞬く間に貴族や王族の人気を集めました。
それ以降、世界的にプラチナの宝飾品は人気を集め、今の地位を得るに至ったのです。

おわりに

知られていないプラチナの歴史についてご説明してまいりました。
特に、プラチナが過去は使えないとみなされ廃棄されていたことや、ルイ・カルティエが流行させたことなどはご存知なかったのではないでしょうか?
ルイ・カルティエがガーランド・スタイルを流行らせて以降、多くの宝石商がカルティエに続けと加工についての技術を磨きましたが、カルティエに追いつくまでに実に30年の期間がかかりました。
それだけの長い期間、魅力を全世界に届け続けたルイ・カルティエはこの歴史における貢献は素晴らしいものです。

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